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プロトレーナーの講演会 Ver2

先日、ブログでお伝えしました、山田トレーナーの講演会ですが、
今回はお話してくださった内容について紹介したいと思います :a6:
※前回のブログはこちら→ ★こちらから★
山田トレーナーはなぜ、トレーナーとして海外に挑戦したか、
どのような事をしてトップチームのトレーナーになれたかを学生にお話してくださいました。 :c6:
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そのきっかけは車椅子生活でありながら、東京23フットボールクラブ等多数のサッカーチームで
コーチ・監督歴のある羽中田昌さんの著書『グラシアス – サッカーからの贈り物』を購読したことがきっかけとのことでした。
 
羽中田さんは当時の高校サッカー界において知らない人はいない程の名プレイヤーで
漫画『オフサイド』の主人公のモデルにもなられた方です。
しかし将来を嘱望されている最中にバイク事故をおこし脊髄損傷を負った結果、
下半身不随となり志半ばでサッカー界を離れることとなります。
しかし、かつて高校サッカーで戦った選手たちが脚光を浴びるのに触発され、
サッカー指導者への道を志し、車椅子生活のまま、スペインのバルセロナに渡ります。
 
山田先生はこの著書を読み終えたあと、スペインへ行く意志を決定します。
当時既にご結婚もされており、鍼灸師として大手企業に勤務中で、
ロサンゼルスに転勤し海外での需要拡大を図るという任務を打診されていたそうです。
しかし山田さんのスペインへ行く意志は固く、このとき国内で大学及びJリーグでのトレーナー経験はあるものの、
現地の人脈もない状態でした。仕事を辞めてバルセロナへ渡ります。
 
これだけ聞くと無謀とも思える挑戦ですが、
山田先生にははっきりと決めていた事がありました。
○スペイン語の話せるトレーナーになる
○サッカー以外のトレーナーは目指さない
○プロサッカー専用のスポーツトレーナーになる
○人が行かない道を行く
 
そしてスペインにわたり、誰も知り合いがいない中、トレーナー職を探すこととなるのですが、
山田トレーナーは現地で知り合った人達に、
「私はトレーナーです。サッカーチームのトレーナーになりたい」このことを伝え続けました。
 
結果、4ヶ月経った頃、サッカーチームのトレーナーの話が舞い込みます。
そして最初の活動を開始されるのですが、そのチームはトレーナーとして必須の道具であるテーピングや包帯は
なく、練習中選手が補給するのは水道水といった状態でトレーナーとしての給与は無く、
ボランティアでの参加でした。
そんな中、山田トレーナーは自費でひとつひとつ道具をそろえていきます。
その結果チームの成績も少しずつ上がりだし、道具にかかる費用はチームが負担するようになります。
そんな中、先生は次のチャレンジでプロリーグのキャンプに参加し、
そこで実力を認められ給与の発生するトレーナー契約を結びます。 :b4: 
そしてトレーナーとしての知名度は年々あがり、
とうとう目指す1部リーグのトレーナー契約を結びます。
 
そしてスペインでの実績をたずさえて帰国。再度Jリーグのトレーナーとして活躍します。 :a5: 
その時、縁があって世界一になる前のなでしこJAPANの選手達の練習を見学する機会がやってきます。
いまでこそ知らない人はいない、なでしこJAPANですが
当時はサッカー関係者以外には決して多く知られた存在ではありませんでした。 :a13:
しかし山田トレーナーの目に映ったのは練習に臨む選手達の姿勢、
世界トップレベルの選手と比較してもまったくひけをとらない技術レベル等、
山田トレーナーの想像をはるかに超える光景だったそうです。
この光景をみてしまった先生はこの選手たちが世界を取るための支援を
なんとかしたい、してあげたいとの強い思いが芽生えます。
 
そして澤選手のコンディショニングサポートを開始。
結果、なでしこ世界一にトレーナーとして大きく貢献され、
澤選手から直接金メダルをかけて頂くことになります。
今はその経験をもとに後進の育成に関わっています。 :a2:
 
今回の講演会で聞いたことをしっかり受け止めて学生には自分の進路を進んでもらいたいと思います。
また、講演の前後にも学生の相談にのってくださり、サッカートレーナー技術がつまった
山田先生の著書『筋肉を理解して確実に効かせる! DVDスポーツマッサージ』を1冊プレゼントして頂きました。
キャリアセンターに保管してありますので興味のある学生さんは是非一読してみて下さい。 :c11:
本

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